今から三〇年前、店数三〇、年商三〇億円の商いをしていた地方商店街の衣料店主、それが二〇〇二年八月期には五五〇店強、年商三九〇〇億円の会社を、世界一のカジュアルチェーンを目指すと言うまでになった。これまで、ユニクロが成長してきたのは「あらゆる人によいカジュアルウェアを提供する」という理念に基づき行動してきたことにあると柳井は言う。ではユニクロの経営理念とは何か。二三ケ条からなる理念の中で主なものをあげると次のようになる。(1)顧客の要望に応え、「顧客を創造する経営」(2)現実を直視し、時代に適応し、自ら「能動的に変化する経営」(3)世界中の才能を活用し、会社独自の1Dを確立し、若者支持率ナンバーワンの商品、業態を開発する「真に国際化できる経営」(4)唯「顧客との直接接点が商品と売場であることを徹底認識した、「商品・売場中心の経営」(5)「スピード、やる気、革新、実行力の経営」いかに柳井が消費者志向のマーケティングを実践する人かがわかる。
DCブランドの中でもデザイナー企業は成長のチャンスを逃してしまった。ただ、その中で時代を先取りしたのが現在のファイブフォッタスの上田稔夫だ。彼は学卒後、専門店の三愛の店員をしていたが、やがて独立し、アパレルを興したのだ。彼らが会社を興したころはレナウンやオンワード樫山などのナショナルブランド全盛時代、ほとんど中小のアパレルは相手にされなかった。ただ、丸井などがトレンドを売るために彼らに売場提供したことが幸いしたのだ。当時、丸井は「気分よく買える店づくり」を経営のテーマにしていた時代である(アメニティの丸井)。この精神は、テナントとして入っていたファイブフォックスの店員たちにも「しつけ」の厳しさを求めた。それだけに丸井のテナントとして立脈につとめられた企業はどこにいっても通用するビジネス感覚を身につけることができた。
ベストなライフスタイルの創造と、そのためのカジュアルウェアの提供の根底に流れる思想は、今も昔も「自由」と「機能性」であり、それは不変だ。不変だからこそ、アメリカのカジュアルウェアは頑丈で実用的なのだ。アウターとしての現代風カジュアルウェアが初めて商品として市場に登場し、カジュアルウェアにもうひとつの定義が加わる。カジュアルウェアは、実用埋に、デザイン性が加味されていなければならない。デザイン性が加われば、応用範囲はぐっと拡大する。この実用と高いデザイン性のアウターは、スポーツ観戦用として人気が出た。もともとアメリカ人は、スポーツ観戦が好きで、観戦人口も多い。アメリカ人はカジュアルな気分で、カジュアルな衣類を身につけ、プレイに酔いしれることが好きな人種なのだ。